林檎舎ニュース

投稿日:2015/11/17

梅ジャムの製造は一人の男性の手で作られていた!秘密の製造方法を教えて貰おうとするDの言動に批判殺到

梅ジャムの製造は一人の男性の手で作られていた!秘密の製造方法を教えて貰おうとするDの言動に批判殺到

11/16放送の「月曜から夜ふかし」の企画「ひとりで頑張っている人を調査した件」の中で紹介された、(元祖)梅ジャム製造者の高林博文さんが話題に!

番組の中では高林さんへのインタービューがありましたが、秘密の製造方法を教えて貰おうとする番組ディレクターのインタビューが酷かったとネット上でプチ炎上気味。番組上の演出だと思いますが、スタジオでVTRを見ているマツコデラックスさん、村上信五さんの表情も曇り気味だったのが気になる所です。

月曜から夜ふかし:元祖梅ジャムを作る高林さん 1
月曜から夜ふかし:元祖梅ジャムを作る高林さん 2
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68年間、1人で梅ジャムを作り続ける高林さん
#ntv #月曜から夜ふかし
梅ジャムって製造販売1人でやってるのかよ・・・
#月曜から夜ふかし
梅ジャム(うめジャム)は、日本の駄菓子の一つで、梅肉(梅干しの果肉部分)を用いたジャム。梅干しを潰して水で溶き、甘味料・着色料などを加えて作られる。

昭和中期より梅ジャムを製造している梅の花本舗(東京都荒川区)によれば、1947年(昭和22年)、傷物の梅干しの果肉が梅肉として乾物屋で売られていることが開発のヒントになったといい、梅肉はそのままでは塩辛すぎるので、甘味を加えたり薄く延ばしたりして完成したという。
それ以前から梅の花本舗では駄菓子を紙芝居屋に納品しており、紙芝居の駄菓子にはソースせんべいが付き物であったことから、せんべいに塗るためのジャムとして紙芝居屋へ納めた。当時は紙芝居師たちの親方に木樽で納めており、親方から紙芝居師へと売られると好評を得、注文が殺到するようになった。

昭和20年代後半に紙芝居が衰退し、駄菓子屋が流行すると、梅ジャムは駄菓子屋へ納品するようになった。
当初はソースせんべいの生地で作られた器に店員が梅ジャムを盛って売っていたが、後に手間を省くため、小袋入りでの販売が開始された。その後も梅ジャムはソースせんべいに塗ることが定番の、いわば調味料のような位置づけであったが、単品で袋のまま吸って食べることを好む子供も多かった。

ほぼ同時期に甘味料と香料によるジャム菓子も販売されたが、保存性の高い梅に比べて日持ちしなかったため、賞味期限を気にする店からは敬遠され、駄菓子屋では梅ジャムのほうがよく売られた。
1970年代の東京の子供たちにとっては、定番の駄菓子の一つであった。
当時の子供たちに梅ジャムが好まれたのは、野外で遊びまわる子供が多かったため、汗をかく子供に良い刺激になったためとも見られている。
後に駄菓子屋が衰退すると、縁日などの時に出店する屋台で売られるようになった。定番の駄菓子の中でも、時代・世代を問わず愛され続けている駄菓子との声もある。
ただし販売地域は関東地方が中心で、関西地方ではほとんど売られていなかった。

なお、平成期においては駄菓子のみならず、梅酒の梅や梅肉エキスの搾りかすなどを用いた梅ジャムの手作りの製法が各種書籍で紹介されており、さわやかな甘酸っぱさが好まれている。山梨県甲斐市の名産品でもある。

【参照】ウィキペディア:梅ジャム

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コメント一覧

  • Comments ( 3 )
  • Trackbacks ( 0 )
  1. 言ってる事は正しいが、
    最近の人は本当に目上の人に対する敬意とか、
    自分が取材に伺っているんだということを忘れすぎてる。
    これが「面白い」と思って居るならなんと愚かなことか。
    「ゆるい」というのは何をしても良いということではないってことに
    早く気づかないからテレビ離れするんだろ。

  2. 普通に気分悪くなりました。台本であることを祈ります。台本でも不愉快ですが

  3. By 嘘か誠か!

    梅ジャムの第一人者に対する言葉遣いマジで舐めすぎてます!教えてほしいなら誠意を見せれば?目上の方に対しての言葉使い見てて不愉快になりました!あの人居る限り月曜から夜ふかしは見ませんので!

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